コラム

ここからページの本文です

2006/05/10

Nr.3 ドイツの地図を見ながら…(1)

神品 芳夫 (元明治大学教授・元独検担当理事)


ドイツの地図をひらいてみよう。まず目につくのが16の Land。各 Land に「首府」と「政府」があり,これがドイツの地方分権の基本組織である。Land 名を全部そらで言えないようでは独検3級合格もおぼつかない。ところで地方分権のもう一つの方策は,国全体に関わる重要な機関を首都に集めないことである。連邦政府や連邦議会は首都ベルリンにあるが,金融の中心はフランクフルト・アム・マイン,憲法裁判所はカールスルーエに,という風に,各地方に分散して設置してある。日本になぞらえれば,政府・議会は東京にあるが,日銀は大阪に,最高裁は仙台に置くようなものである。(それもわるくないかな。)ドイツではこのような地方重視政策によって,各地方の恒常的な活性化が図られている。

それならドイツには過疎地があまりないかといえば,そうもいかない。ドイツの地図を広げてみると,ドイツの国境は縦に長い楕円形をなし,腰のあたりが少しくびれている。さてその国境線の内側で,大都市を次のように線で結んでみる。ミュンヘン,シュトゥットガルト,マインツ,フランクフルト,ケルン,ブレーメン,ハンブルク,シュヴェリーン,ベルリン,ドレスデン,ライプツィヒ,ニュルンベルク,そしてミュンヘンと結ぶと,いびつな輪ができるが,これがいわばドイツの動脈といえる。そしてこの輪と国境の線との間の周縁地域がドイツの過疎地ということになるだろう。

たしかにこの地域に行くと,過疎という言葉が頭に浮かぶ。ドイツの自然はどこまで行ってもお行儀がよく,荒漠という感じにはならないが,見かける人の数が激減するので,心細い気分になる。日本なら,行き着く先はかならず海である。ところが,ドイツはそこが違う。北の海辺を別とすれば,国境が近づくと,周囲の様子が急に変わってきて,やがて特徴のある魅力的な小都市が現れる。そしてその向こうで外国の町が手招きしている。

そのようなタイプの国境の都市を数え上げてみると,モーゼル川上流の都市で,ルクセンブルクに通じているトリーア,町中にスイスとの国境があるコンスタンツ,ベルギーと境を接するアーヘン,オーダー川を挟んでポーランドと向き合うフランクフルト・アン・デァ・オーダー,ドナウ川がドイツと別れる地点のパッサウなど。いずれも歴史的に由緒のある古都であり,ドイツの地方分権を最も外側で支える役割を担っている。

ところが EU 域内では国境の意味が薄れてくるので,それにつれて国境の町の存在感が弱まっている。そこでこれら国境の町は今や国際都市を標榜し始めている。国境をまたいで各国文化をつなぐ役割をアピールしているのである。EU のシステムが浸透してくると,ヨーロッパのどの地域も大小さまざまな震動に見舞われる。国境の古都も,地方分権に加えて,国際連帯というコンセプトをもたないと,地盤沈下の危機を免れられないらしい。(了)