コラム

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2006/11/01

Nr.10 ドイツの地図を見ながら…(3)

神品 芳夫 (元明治大学教授・元独検担当理事)


もう40年以上前のことになるが,はじめてドイツに渡って,ゲーテ・インスティトゥートの講習会に参加したときのことである。講習初日のガイダンスが終わりかけたころ,講師陣のなかの一人がいきなり言い出した。 „Sie glauben wohl alle, dass die Deutschen Bier trinken und Kartoffeln essen. Das ist falsch.“ ドイツ人はビールを飲み,ジャガイモを食べてばかりいるわけではありませんよというわけだが,あとで考えると,われわれ外国人受講者に対して,偏見に捉われずに物を見るようにと教えてくれたのだと思う。なにかにつけて,今でもこのコトバを思い出す。

たしかにドイツ人はビールばかり飲んでいるわけではない。「あなたはドイツ人だから,ビールね」と,決めてかかられるのは困る,と思っているドイツ人も結構いる。ドイツ人の愛好するもう一つの重要な飲み物はワインである。日常的に家庭ではワインのほうが,どんな食事にも合うし,それに種類もたくさんある。レストランや酒場では offener Wein を注文するのがよい。これは樽から直接汲まれたワインであり,生のワインである。大のグラスは Viertel(4分の1リットル),小のグラスは Achtel(8分の1リットル)という。

ビールはどちらかといえば祝祭用の飲み物である。自宅では地下の貯蔵室から取ってきた好みのワインを静かにたしなんでいる人も,大きなパーティーともなると,ビールの杯を重ねるということになる。とはいえ,古風な食堂で職人風のおじさんが時間をかけてビールに親しんでいる姿はやはり絵になる。ところでバイエルンで夏にビールがおいしいのは,空気が乾燥しているせいもある。夕方近くなると,欠食児童のようにビールが欲しくなる。ビールがおいしいわけである。なかでも Weizen という小麦から作るビールのノド越しは格別である。

ドイツのビールといえば,ミュンヘンの Löwenbräu が日本では有名だが,各地にそれぞれ自慢のビールがある。ライン地方一般の Kölsch やデュッセルドルフの Altbier,ブレーメンの Beck’s など,旅に出れば,その土地のビールを味わうたのしみがある。ビールの場合,生ビール(offenes Bier)をお店で注文するときは „Ein Helles, bitte.“ といえばいい。どこでもそれだけでちゃんと地元のビールが運ばれてくる。

ドイツはワイン製造の北辺の地に当たるので,陽当たりのよい斜面でぶどうの栽培をする。川沿いのぶどう山はドイツを代表する風景である。ワインの生産で名高いアール,モーゼル,ラインガウ,バーデンはいずれもラインおよびその支流沿いの地域であり,それにマイン川周辺のフランケン,エルベ川上流のザクセンが肩を並べる。ドイツ随一の生産量を誇るのはプファルツ地方である。ビールの場合もワインの場合も,日本のような大醸造会社はない。地域の味を守るのは地域の企業である。ここでもドイツの地方分権が徹底している。