コラム

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2016/09/15

Nr.38 Es war einmal...

富山 典彦(成城大学教授・独検実行委員)


ドイツ語を学び始めた皆さんを苦しめるのは,動詞の現在人称変化,それに,冠詞と名詞の格変化,ということになるでしょう。これらの変化がほとんど消滅してしまった英語はもちろん,フランス語やイタリア語でも,動詞の人称変化はドイツ語以上にきちんとあるのに,格変化は見当たりません。

しかし,ドイツ語を学んでみて,本当に難しいのは,人称変化も格変化もしない,副詞や間投詞の使い方かもしれません。副詞には比較変化をするものもほんの少しありますが,基本的には何の変化もしないので,「不変化詞」と呼ばれることがあります。

では,何が難しいのか,今回は,einmal を例にして少しお話ししましょう。やたらに難しい単語,ある業界でしか使わない特殊な単語は,日本語にも定訳があり,言語と訳語とが一対一に対応しています。「不変化詞」はいろいろな場面で使うため,定訳などありませんから,単語カードを使って覚えてみても,あまり意味がありません。

タイトルに挙げた „Es war einmal...“ はメルヘンの書き出しによく使われる言い方です。日本語の「昔々あるところに…」と対比すると,「einmal=昔々」となるでしょう。しかし,この語の成り立ちはもともとは,ein+Mal ですから「一度」ということになります。

„Ich bin schon einmal in Deutschland gewesen.“ さて,これはどういう意味でしょうか。「私は一度ドイツに行ったことがある。」ですね。einmal を zweimal にすると「二度」,dreimal にすると「三度」になるのもわかりますね。

これらの例では,過去か現在完了とともに用いられているのですが,「いつかドイツに行ってみたい」などと言う場合にも einmal が用いられることを考えると,einmal は決して「昔々」とイコールではあり得ません。

さらに,「もう一度言ってください。」と言うときに,„Wie bitte?“ をよく使いますが,「もう一度言ってみろ。」というように多少語気が強くなると,„Noch einmal!“ でないといけないでしょう。

まあ,このあたりまでなら理屈で理解できるかもしれませんね。ぼくはドイツ語を学ぶのに文学作品ばかりを読んでいました。それはそれでよかったとも思うのですが,さてそのために,最初にドイツに行ったとき,いろいろカルチャーショックを受けました。

ドイツの街角にはソーセージスタンドがあって,ドイツと言えばソーセージ,ということで,焼きソーセージ Bratwurst を注文しました。なんと言ったかはよく覚えていませんが,指差しながら「ソーセージをください」と言いました。すると,ソーセージスタンドの,われわれの2倍くらい横に大きいおばさんが,右手の人差し指をぼくの目の前に突き出して,„Einmal?“ と叫ぶのです。

もちろんこれは,「昔のことなのかい?」ではなく,「ソーセージを1本でいいのか?」ということだと,その場の状況ですぐにわかりましたが,それ以来,einmal はものを数えるときに使う言葉だと,ぼくの理解はすっかり塗り替えられてしまいました。

それからもう一つ,数を示す指は,「1が親指,2が親指と人差し指,3が親指と人差し指と中指」です,日本流に,「1個ください」と言うときに人差し指を立てたりしたら,2個売りつけられてしまいますから,注意してください。

これからこのコラムで,ぼくがこれまでに犯したいろいろな過ちや失敗を紹介して,皆さんのドイツ語の勉強に役立ててもらおうと,密かに考えております。