コラム

ここからページの本文です

2017/11/07

Nr.47 ウィーンの11月は秋?それとも冬?

富山 典彦(成城大学教授・独検実行委員)


日本でも「ハロウィン」がひろく普及してきているようで,街のあちこちにカボチャのお化けなど,ハロウィン独特の飾りが見られるようになりました。幼稚園ではハロウィンの行事があるらしくて,街角で仮装をした幼い子供たちの姿を見かけることもあります。

このハロウィンはアメリカから入ってきたのでしょうか,ぼくの住んでいたウィーンではそのようなお祭りはありませんでした。もっとも,12月6日に Krampus という鬼を連れてやって来ていた聖ニコラウス(St. Nikolaus,ウィーンでは Nicolo とか Niki とかいう愛称で呼んでいました)が12月24日にサンタクロースとなってウィーンにも来るようになったとのことですから,もしかしたらハロウィンのお化けカボチャもウィーンの街に出没しているかもしれませんが。なお,ウィーンのクリスマスについては次回をお楽しみに。

ウィーンでは11月1日は Allerheiligen(万聖節)です。何人いるのか正確な数は知りませんが,すべての聖人の日ということで国家の祝日になっています。その翌日の11月2日は Allerseelen(万霊節)で,日本流に言うと「地獄の釜のふたが開いて」すべての死者の霊がこの世に戻ってくる日なのです。

そんな事情も知らないままウィーンでぼんやりと過ごしていた頃,たまたま晴れて気持ちのいい日だったので,ぼくは Zentralfriedhof(中央墓地)に出かけました。名前は「中央」ですがウィーンのはずれにあるこの墓地へは,Schwarzenbergplatz から Rennweg を走る Straßenbahn に乗って30分あまり,ちょっとした遠足気分が楽しめます。

広大なこの墓地にはいくつか入口がありますが,Straßenbahn の終点(現在はもっと先まで路線が延びているようですが)からひとつ手前の入口を入ると,モーツァルト像を中心にウィーンで亡くなった音楽家たちの墓があります。もっとも,この中心に立っているモーツァルトはただの像で,墓は別の墓地にありますが。

それはさておき,万聖節・万霊節の頃には墓地の入口に花屋さんが店を出しています。ちょうど日本のお彼岸という感じで,墓参りに来た人たちがゆかりの人の墓に花を供えるのです。ウィーンでは「黄金の十月(Der Goldene Oktober)」のすぐあとですから,11月1日・2日はまだ小春日の暖かな空気のなか,お墓参りにちょうどいい日です。

しかし,11月がずっとそんな小春日かというとそうではなくて,ぼくがいたときには大雪が降りました。ウィーンの11月はもう冬なのです。そういえば,11月11日は「聖マルティンの日」で,この日には Martini Gansl と書かれた看板をウィーンのあちこちで見かけます。ウィーンではこの日にガチョウを食べる習慣があるのです。

ところで聖マルティンとはどんな聖人なのでしょうか。聖人はふつう殉教者なのですが,聖マルティンは殉教しなかったけれども聖人になったという珍しい聖人です。ある寒い日,当時まだローマ軍の兵士だったマルティヌス(のちにトゥールの司教になりました)が馬に乗って通りかかったとき,道端に貧しい物乞いが寒さに震えているのを見て,自分の着ていたマントを半分に切ってその物乞いに与えたと伝えられています。その物乞いが実はイエス・キリストだったという「オチ」によって聖人になったのでした。

しかしぼくの聞いた話では,マントを半分ずつ分け合ったマルティンと物乞いは,マント半分では冬の寒さに耐えきれず2人とも凍死した,というのです。チキンにくらべて脂がギトギトしたガチョウを食べる11月11日は,凍え死ぬほどの寒さの冬の第一日目だと考えれば,理屈には合いますね。それからもうひとつ付け加えておくと,ぼくのゼミ生でワイン関係の職場に就職した卒業生が,新酒のワインであるホイリゲの解禁日が11月11日だと教えてくれました。

ハロウィンが終わるといよいよクリスマス。次回は Frohe Weihnachten ですね!