2025/09/11
Nr.79 言葉との縁(「独検2025冬」受験要項より)
粂川 麻里生 (慶應義塾大学教授・公益財団法人ドイツ語学文学振興会理事長)
皆さんは,なぜドイツ語を学んでいらっしゃるのでしょうか?学校の科目だとしても,現代の日本でドイツ語が「必修」の大学や学校はないようですから,いくつかある外国語の講座の中で,ドイツ語を選ばれたのでしょう。お仕事だとしても,今はドイツの人たちは英語もある程度話せますから,「ドイツ語ができないと仕事にならない」ということはほとんどないでしょう。そう考えますと,独検を受けてくださる多くの方々は,「あえてドイツ語を学ぶことを選択した」方々なのでしょう。しかも,一番易しいはずの5級でさえ,何の準備もなく合格できるとは思えませんから,ある程度の時間と労力をドイツ語学習に費やしてこられたに違いありません。
ですが,「どうしてドイツ語を学んでいるのですか」とお伺いすると,「えーと……」と答えに窮してしまう方も少なくないようです。「ドイツに行って,好きになったから」,「クラシック音楽が好きだから」などとはっきり答えてくださる方ももちろんいますが,「まあ,なんとなくですかね……」という方も意外なほど多いのです。「なんとなく」学び始めたドイツ語が,検定試験を受けるほどのものになっているとは,思えば大したことではないでしょうか。でも,「言葉との縁」というのはえてしてそのようなものであるようです。人と人との縁が,なぜか近づきになって,なぜか長くお付き合いが続き,そこからさらに様々な縁が生まれてくることもあれば,ごく近くにいるのに,何も交流が起きないこともあるように,人と言葉の「縁」も,一筋縄ではいかないところがあるようです。
たとえば,ドイツ語を使える日本の方々の中には,「英語は苦手」という方が意外なほど多くいます。言語学的には,ドイツ語と英語はかなり近い言葉ですし,ご存じのように少なくとも初学者にとっては,ドイツ語の方が文法的な決まりごとも多くて負担の多い言語でしょう。にもかかわらず,「学生時代は英語の勉強が苦痛だったが,ドイツ語はなぜかまずまず身についた」という方々も少なくないのです。きっとそういう人は,「ドイツ語と縁がある」方たちなのでしょう。私たちは,そんなご縁を大切にしたいと思います。人と人とのご縁を大切にしていくことが,豊かで幸せな人生を送るきっと一番の道であるように,言葉との縁もまた本当の意味で豊かな人生を開いてくれるものではないでしょうか。